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あきちゃん

更新日:2023年6月28日


『憧れのネイリストに!そこから始まった”人生の汚点”。17年後に気づいた最高のギフト』


「なんで私ばっかり…」

17年間、私が抱えていた気持ち。


うつ病・癌・バセドウ病。

治ったと思ったら、また次の病気がくる。

私の人生は常に病気と一緒。


うつ病になったのは22歳。

ネイリストをしていた頃。

同い歳の友人達は就職をし、

どんどん活躍している姿がキラキラして見えた。


自分がうつ病だと気づいたのは、

自宅にあった医学書を読んだ時。

(母が看護師なので家には医学書がたくさんあった)


その本にあった

セルフチェックシートを何気なく試してみたら

問診内容は全て『YES』!!


母親に「私、うつ病かも」と伝えた。


当時は『ネイリスト』という職業が

日本ではメジャーでない時代。


ネイルスクールも数えるほどしかなく、

知り合いの紹介でスクールに入ることが出来た。


スクール代のために

朝8時〜夜11時までバイトをした。


そして、念願のネイルスクールに入学し

無事に卒業。


次の難関は就職だった。

サロンへの就職は経験者対象のところが多く、

スクールを卒業したばかりの私は対象外。

(ネイルサロンというものが少ない時代でした)


その中で唯一、

未経験者可のサロンを紹介してもらい

ネイリストデビュー!

自分の運の良さに感動!!


憧れの世界への第一歩を踏み出した。

毎日、夜中まで練習して作品をつくる。


しかし、どれだけ頑張っても

私の描くネイルアートは採用されない。

先輩の好みに合わないらしい。

何度もやり直し。


でも、先輩好みに合わせてアートを描くと

すぐに採用。


よし!!!!

自分の『好き』はシャットダウンしよう!!!

そうすればダメ出しされない。


「私の努力が足りない」

「私はセンスがない」

「先輩の好きなものは何だろう?」


自分の好きではなく

周りの目を気にして合わせる毎日。


服装もメイクも

サロンの先輩の言う通りにする。

そうすれば、怒られない。

(なぜかお弁当の中身までチェックされていました。笑)


怒られることは少なくなったが、

私の心はどんどんダメになり始めていたのだと思う。


先輩好みのアートを描くことに

苦痛を感じ始めていることにも

気づかずに努力を積み重ねる日々。


自分を偽り続け、

自分にダメ出しをし続け、

就職後半年でうつ病になり退職。


その後も続々と病気を経験する。

「周りの目を気にして、周りに合わせる」が癖になっていた。


そうすれば、

波風立たずに平和!!のはずが

自分の中は常に嵐の状態。笑


自分が自分の1番の敵になっていた。


そんな私がTEAM A☆H☆Oを知ったのは

バセドウ病の治療中。


ベットで休んでいる時に

こうちゃんのブログ

アタカマ砂漠レース完走の記事を偶然見た。


「私が健康だったら、こんなレース出てみたかったな」

「こんな風にチームで完走したいな」

とベットで寝ながら考えていた。


その後、ひすい塾3期でこうちゃんと出会い、

レースの話を聞いた。


ワクっとしてしまった私。

そこから、

私の新しい挑戦が始まった。


運動制限も解除され

主治医からレース出場の承諾も得れて

ニュージーランド250kmレースへの挑戦を決めた。


結果は2日目にタイムアウト。


その時の悔しい気持ちから

250kmレースへの再挑戦を決意!


コロナの影響でレース出場は延期が続いていたが

2023年11月、

ヨルダン250kmレースへ出場決定!


こうちゃんのご縁で

2020年8月に北海道・洞爺湖に移住。

今は、仲間の近くに住みながら

【手ぬぐい工房さくら】を立ち上げ

大好きな手ぬぐいをつくっている。


治療中だったバセドウ病は

洞爺湖移住で病気のことをうっかり忘れてしまい(笑)、

今は寛解の状態です。


ちなみに、

こうちゃんのブログを見て

レースに憧れていた自分のことは

最近まですっかり忘れていました。


自分のワクっとした直感を大切にしていれば

思い描いた未来に

いつの間にか辿り着ける。


私にとって”汚点”だと思っていた病気は

自分の好きを大切にすることを思い出させてくれた

大切な”ギフト”に変わった。


その時は辛く、悲しいことでも

未来ではギフトに変わる。


私はレースへの挑戦を通して

みんなと一緒にギフトを受け取りに行きたいです。



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